丸火のセンス・オブ・ワンダー

 

 この間、フロントガラスにこんな蛾がいました。

 白地に黒のドットを規則的に配した模様をしていて、かなり目立ちます。

 なにゆえこんな模様になったのか、それを考えると、ドキドキしますね。

 

 生物の形態や機能に、生存や種の保存にとって無目的なものがないということを考えると、この斬新なファッションにしか見えない模様にも何かの目的があるはずです。一体何がそうさせたのか。自然淘汰におけるどんな選択圧がこの虫の身体を白地に黒ドットにさせたのかはわかりませんが、面白い生存戦略です。

 

 調べてみると白地に黒ドットの模様をもつ蛾というのは、いくつかの科をまたいでかなりの数が存在していて、その数は国内だけでも十種以上にのぼります。そのなかで、大きさ、ドットの配列、生息域などからすると、写真にあるのは「オオボシオオスガ」かなと思います。ただ、成虫の発生する時期が合わないので自信はないです。

 

 この模様を採用している蛾の種類が多いことを思うと、どうやらこの模様はそれなりに有効なようです。ただそれにしても、改めて大胆な生存戦略です。この虫を見ていて感じるドキドキ感も、一部はその戦略の意外性や多様性にあると思います。

 

 ちなみに、昆虫がさまざまな体色や模様をもつのには大きく分けて次の三つの理由があります。つまり――

 ①カムフラージュのための擬態(保護色)。この場合体色は大抵地味で、周囲の環境と見分けがつかないほどの環境との類似が見られます。丸火でよく見られる昆虫で言えば、たとえばナナフシがそれにあたります(下に写真を載せます)。

 

 

 

 ②威嚇のための擬態(警戒色)。この場合は色彩もパフォーマンスも派手です。たとえば飛んでいる姿がアシナガバチにそっくりなヨツスジハナカミキリがその部類に入ります。これも下に写真を載せます。

 

 ③同種の異性に対するセックスアピール。この場合も見た目は比較的派手です。たとえばジャノメチョウの羽の模様がそうです。ジャノメチョウのオスは交尾の際メスに羽の模様を見せますが、その模様はメスに生殖行動を解発させるリリーサーになると考えられています(興味のある人はニコラス・ティンベルヘン『動物のことば』、ハイイロジャノメチョウについての行動学的研究を参照してみてください。古典的名著です)。下に載せたのがジャノメチョウの模様です。写真多少不鮮明ですが。

 

 以上が昆虫の色彩や模様が奇異だったり複雑だったりする理由として考えられるもので、ほとんどの場合、そのうちのいずれかに該当します。この蛾はいずれのケースに該当するのか、それとも、そのどれでもないのか。捕食されるところや交尾をするところを観察するか、実験してみないと分かりませんが、残念ながらできていません。個人的な予想としては、この蛾のサイズを考えると③かな、と思います。この蛾のサイズは体長1cm強、開長(翅を広げた時の長さ)が2cm程度しかありません。蛾のなかでも、かなり小さい方です。この蛾を食物としている捕食者のサイズがどれくらいかは分かりませんが、この大きさの模様を正確に識別できるのは同じ種に属するものだけだろうし、大型の捕食者に対しては意味をなさないような気がします。みなさんは、どう思いますか?

 

 自分がこの最近見つけてここに紹介できた不思議な生態や形態をもつ生物は「氷山の一角」で、不思議な生態や形態をもった生物は他にも無数にいます。

 みなさんもぜひ、自然のなかに繰り出して、信じられないほどのセンス・オブ・ワンダーを見つけ出してみてください。案外、身近に転がっていたりもします。たとえば車内に飛び込んできた虫のなかにも。

 

 そういえば、ちょうど今日の朝、事務所に入った瞬間に床にこんな蛾が転がっているのを見つけました。

 またこの模様です。なんだか、「白地に黒ドット」に取り憑かれているような気がします。ほんとに、この模様は何なのだろう・・・

 

(田中)